DATE 2009. 2.26 NO .



『――ここにしよう』

『わかった。オレもここに来る』

『おれもだ!』



 周囲の景色が唐突に変わり、果てしなく高い柱の続く空間が現れた。
 途端に行く手を遮るように出現したイミテーション達を薙ぎ払い、バッツとジタンは約束した場所へと向かう。
 誰かの闘いの痕が残る瓦礫の山を踏み越えようやく、闇に浮かぶ階段のすぐ傍に捜していた相手の姿を見つけた。

「スコール!?」

 倒れているスコールが視界に入り、二人は慌てて駆け出す。

「おい、しっかりしろって!!」

 バッツが抱え起こすのを横目に、ジタンは懐からポーションを取り出す。
 が、反動でかスコールの頭ががくんと大きく揺れたのが見えて、瓶を取り落としかけた。

「バッツ、何やってんだよ!」

「違う、おれは…何、も……」

 バッツの声が途絶える。
 ジタンもその理由に気づき、視線を同じ方へ――上へ、向けた。

 それは、真白の羽根だった。
 遠目にもはっきりとわかる、汚れなど一切ない白。
 それでも、どう見てもただの羽根だ。

 意識を失ったままの仲間ではなく、ただの羽根を、二人は吸い寄せられるように目で追った。

 やがてそれは、彼らの手の届くところまで落ちてくる。
 ふわり、ふわりと。

「…………ア…」

 ふいに、かすれてはいるものの聞き慣れた低い声が耳に届き、二人は我に返った。

「スコール!」
「気がついたんだな!」

 頭が前に傾いたままなせいで髪がかかっていて、表情は見えない。
 けれど確かに、それはスコールの声だった。

「脅かしやがって。なんだなんだ、スコールは勝つのが随分大変だったみたいだなぁ!」

 左腕が身体を支える位置に動いたのを確認し、バッツはスコールから手を離す。
 それからジタンの方に向き直って、笑った。

 バッツの背後でスコールは俯いたまま、けれどその右手がゆるゆると持ち上がる。
 まるでそこに収まるべく落ちてきたかのように、その羽根はスコールの手に舞い降りた。

 それには気づかず、バッツは、返ってくるはずの反応がいつまで経ってもない事に首を傾げる。

「……何だか気味が悪いな。ほんとに大丈夫なのか? いつもならここで――」

 一瞬、遅れた。

「バッツ、下がれっ!!」

 振り返りかけたバッツに見えたのは、銀の光が跳ねた瞬間。
 ジタンの声に従ってとにかく飛び退ったバッツがつい先ほどまでいたところに、ガンブレードが振り下ろされた。
 額には、血の流れる感触。

「おいおいおい、一体どうしたんだ! ねぼけてるのか!」

「そんなわけないだろ!」

 じゃあ一体何だってこんな事になってるんだ、とバッツはひび割れた床を見やる。
 過たずトリガーの引かれたガンブレードが炸裂した床は焼け焦げていて、あんなのをまともに喰らえば、全身甲冑に身を包んでたってやばい。
 改めて軽装の自分の姿を確認し、バッツは背筋を冷たいものが滑り落ちるのを感じた。

 スコールが、ゆらりと立ち上がる。
 ようやく顔をあげたものの、蒼い瞳に二人が映される事はない。
 右手にはガンブレード。左手には、いつの間にか羽根が。

「俺は……また、ひとりぼっちになってしまったのか?」

「……は?」

 バッツは耳を疑う。

「オレ達がここにいるじゃないか! 突然何言い出すんだよ!」

 ジタンの叫びも、届かない。

「なぁ!!」

「思い出した、やっと思い出せた……待ってろ…すぐ、行くからな……」

 手の中の羽根に額を寄せ低く呟くその様子は、見た目は二人の言動に呆れている時のスコールと大差ない。

「たとえそれが次の悲劇の幕開けだとしても」
「終わらせる……決めたからな…この手で選んだ、俺の道を貫く孤高の決意……」

 けれど自分達の知っているスコールとは――違う。
 ガンブレードを向けられた時点で悟るべき事を、二人は今更ながらに思い知らされた。

「俺は、一歩この名に及ばなかった臆病者だ……それでも、次の俺になるために……今の俺は……行かなければ」

 明確な意志でもって武器を振り下ろしてきたはずの相手は、ただただ、ひとり言葉を紡ぎ続ける。

「今日はほんとよくしゃべるなぁ……しかも全然意味わからないしな」

「……バッツ?」

 すぐ傍にいる自分達の存在をまるで意に介していないその態度に、バッツは何かがぷつりと切れるのを感じた。

「でもひとつだけ間違ってるのはわかったから、ここは年上らしく、このバッツ=クラウザーさんがガツンと言っといてやろう! ありがたく聞いとけよ!」

 バッツは大きく息を吸い込む。

「一歩及ばなかった? その思考回路だよ何でそうなるかなぁ! 一歩及ばないんじゃなくてあと一歩で届くんだ、立派なもんじゃないか!!」

 普段は、とてもセシルやクラウド達と同じ年頃とは思えない振る舞いを見せるバッツ。
 その彼が痛々しいほど真剣な眼差しでスコールに歩み寄る様を、ジタンはただ呆然と見上げていた。
 オレがしっかりしないとな――そんな事まで考えたりした相手の深く優しい観察眼に気づき、ふと、既視感を覚える。

 スコールが、ようやく二人に焦点を合わせた。

「お前達は、何なんだ? 俺の邪魔をするのか?」

「あぁ。どこかに行くってんなら……精一杯邪魔させてもらうさ」

 そう言いながらバッツは剣を出現させ、構えた。
 ジタンも、覚悟を決める。

「……一撃が重いんだろうな。空中戦にもっていけると助かるんだ…け、ど!」

 言い終わる前に床を蹴った。



 剣戟の合間に、スコールの低い声が二人に届く。

「俺は、スコール=レオンハート」

 それは唐突な、名乗りだった。

「知ってる!」

 その間にも振り下ろされるガンブレードをかわしながら、ジタンは声の限りに叫んだ。

「そんな事今更すぎるだろ! それよりさっさと目を覚ませ!!」

 ジタンはバッツのサポートに回るべくそびえ立つ柱の一つを駆け上り、空中に飛び出した。
 その姿を視認しつつ、出来る限り空中戦にもっていけるよう、バッツは剣を握る手に力を込める。
 何度か視線を泳がせるスコールだが、ジタンが言ったように、一撃の特殊な重さを見せつけられたばかりだ。
 剣をクラウドのバスターソードに変え、バッツも床を蹴り、跳躍する。

 着地の瞬間を狙って、思った通りスコールが一気に距離を詰めてきた。
 ジタンの魔法が進路を妨害するも、いつもより抑えているせいか、ほとんど怯む事はない。
 けれどそれで充分とばかりに、バッツは空中で上体を捻る。

「行くぞ、旋風――」

 ぎいん、と耳障りな金属音が響き、バッツの声も技の勢いも削がれた。
 自分の剣と垂直に交わる刃が目に入る。
 水平に構えていたバッツの懐は、がら空きで。

「やば…っ!」

 そう感じたまさにその瞬間、スコールの頭上で魔法が炸裂した。
 もちろんガンブレードでの防御が完璧に間に合っている。
 けれどもその間に、バッツは体勢を整えて鍔迫り合いに持ち込んだ。

 ――その時。

「他に選択の余地がないのなら……」

「…!」

 バッツは、ガンブレードを握るスコールの手元を見て、愕然とした。
 スコールがまた何か言ったという事も、右から左へ通り抜ける。

 スコールは、まだ羽根を持っていた。
 こちらは手加減しているとはいえ1対2の状況下で、それでも懐にしまうでもなく、どこかいとしげに。

 時折視線が彷徨っていた理由はこれかと、バッツは思い知らされた。
 そして、全く加減される事なく迫るガンブレードよりも明確な、恐怖を覚える。

「何なんだ……」

 真白の羽根は、いつの間にか黒く染め抜かれていた。

「……っ、ほんとに、一体どうしちまったんだよッ!!」
「――世界中を敵に回す事も厭うものか!!!」

 バッツとスコールの叫びが、重なる。
 迷いのない言葉をぶつけながら何故か何かに耐えるように歪んだスコールの表情が、バッツの両手に力を与えた。
 止めなければならない、と。

 僅かに競り勝ったバッツは、一旦距離をとる。
 その二人の間に、今度は手加減なしのジタンの魔法が突き刺さり、わずかながら粉塵を巻き上げた。

「――今だ!」

「……わかってるって!」

 バッツがフラッドを発動するのを確認し、ジタンは柱から飛び降りた。
 地上から幾つもの水柱が立ち上がる。
 連なり退路を断つそれを避けるべく、スコールの身体は宙へ。
 続く水柱は、囲むように。そして飛沫に隠れて、バッツがもう一回攻撃を加える隙を見計らっているはずだ。
 最終的なスコールの位置を見定めて、ジタンは距離を詰める。

 自分達は最後の最後で、本気で刃を振るう事が出来ない。
 カオス勢との闘いは、まだまだ続くだろう。それに必要以上に傷つける事など、出来るはずもないのだから。
 抑えなければならない分は、協力すれば何とかなる。
 何とかなる事を、目の前の仲間に示さなければならない。

 少し前からジタンの心中は、ティーダから聞いたある話でかき乱されていた。

「頼むから、これで止まれよ……っ!」

 ジタンが得物を振りかぶったその時、二人はスコールを挟んで地上と空中、直線状に並んでいた。
 ガンブレードが、見覚えのある軌跡を描く。

「ダメだ、バッツ避け…!」

 叫んだ時には、もう遅かった。



「誰にも邪魔は、させない。時間は待ってはくれないんだ」

 片手で水平に構えられたガンブレードは、突きつけたその切っ先が揺らぐ事はない。
 重さなどまるで感じさせず、それはぴたりと二人に向けられていた。

 けれどおもちゃに飽きた子供のように唐突に、切っ先は下ろされ床を浅く削った。
 そして、虚空に消える。

 スコールは二人に背を向けた。

「おい…っ、待て…こらぁっ!!」

 スコールの歩みが止まる事はなかった。
 二人とも何とか防御体勢はとったものの、爆風の煽りで負傷している。
 手加減して止められなかった相手に、手負いで立ち向かうのはあまりに無謀だった。

「なぁ、バッツ」

 ジタンが、重い口を開く。

「ティーダが言ってただろ? 親父さん、前はオレ達側だったらしいってな」

「……」

「でも親父さんには、その時の記憶がない……なぁ、スコールは負けたのか? 負けて、今度はあっち側に――」

「――なら、なんであんな顔するんだ!!」

 思わずバッツはジタンの言葉を遮った。大声を出したせいで、爆風を受けた身体が軋む。
 けれど瞼裏に焼きついたスコールの姿が、口を閉ざす事を許さなかった。

「変わってしまったってんなら、それらしく悪役面してればいいんだ……なのに…っ!」

 やがて二人は、立ち上がる。

「バッツ、絶対ぶっ飛ばしてやろうな」

「あぁ、このままカオスの仲間になんかさせてやらない。……次だ、次は絶対連れ戻す!!」


『――ここにしよう』

『わかった。オレもここに来る』

『おれもだ! 全部終わらせたら、ここで、また!』


 再会を約束して、それぞれの敵の元へと、別の道を選んだ場所。
 自分達の窮地に身の危険を顧みず飛び込んで来てくれた、ようやくそれらしい会話を交わした最初の接触を思い出しながら。

 バッツとジタンも、この場所を再び後にする。







≪あとがき≫
 二個目、スコール=レオンハート。前回がバレンタインプレゼント、今回は「8」クリア記念。
 ブログでも一応注意はしてみたものの……アルティミシア=リノア説を意識してみました。嫌いな人はほんとすいませ…
 設定厨としては、結構好きな考え方です。肯定とか否定とか論じられる程には、本編の記憶がありませんけど。
 スコールは、最後の方で「約束」を思い出してますよね。こないだ8のED見て、ディシディアのラスト思い出して鳥肌だったんですが。

 今回も見事に混沌。
 …あ。ジタンよりバッツの方が若干出張ってるのはみえさんのせいです(にこり)。





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